【奄美大島】長男夫婦が初孫と東京にやって来た!今になって思う亡き母の凄さ

こんにちは、ふうちゃんです!

先週の金曜日に、奄美大島に住んでいる長男夫婦が

10ヶ月の初孫と一緒に東京にやってきました。

コロナの一時的な収束を見て、この機会にと上京。

 

わが家も、準備に大わらわで

私も10日ほど、ブログを休みました。

今の時期に大丈夫かと心配しましたが結果オーライでした。

 

【奄美大島】長男夫婦が初孫と東京にやって来た!

あまり寒くもなく、コロナも落ち着いていて

ベストタイミングでした。

長男がどうしても、初孫を私達にみせたかったようです。

 

元々、子供好きな長男でしたが

まさに、娘にメロメロです。

おんぶ紐で抱っこ、おむつも換えるし入浴もさせます。

 

孫のおしっこは、水だと公言していました( ;∀;)

今から、これでは年頃になったらどうなるのかと

ちょっと、心配になりました。

 

いわゆる溺愛というやつですね!

親バカです(^^♪

 

うちも、男だけだったので

やはり女の子は可愛いです(^^♪

 

孫は動作が、ゆっくりで優しい感じです。

まだ、ちょっとつかまり立ちが出来るぐらいなので

当たり前かな?、こちらも少し親バカが移りました(笑)

 

奄美大島に帰った日は

東京は少し寒くて最高が11℃位だったのに

奄美大島はナント21℃。

 

長男は奄美に着くや否や

Tシャツとサンダルを買って着替えたとのこと

自宅まで待てなかったらしい。

 

というのも、長男夫婦が住むのは奄美大島の南の方で

北にある空港からは、車で2時間ほどかかります。

東京に来るので、今年初めて靴を履いた長男は

もうサンダルがはきたくて待てなかったようです。

 

長男は自然豊かな奄美で、ほとんどの時間を

ハーフパンツ&サンダルで過ごしているらしい。

寒くなったら、ジャンバーを羽織るぐらい(笑)

 

長男は東京で生まれ育ったのに、電車が苦手で

18歳になると車の免許を取り、常に車で移動。

今は尚更、電車の乗り換えが分からないとこぼしています。

 

彼なりに見つけた第2の故郷、奄美大島

最初はずいぶん心配もしたが、今はお嫁さんのお陰で

親戚も増えたし、友達もいっぱいです。

 

今になって思う亡き母の凄さ!

実家の母は亡くなって

今年は13回忌でしたが

コロナ禍のために断念しました。

 

わが家は、都心の3LDKのマンション

子供達が帰ってきたらどうしてると友人に聞いたら

ほぼ100%で、みなホテルを予約するとの答えでした。

 

長男1人なら、何とかなるけれど

お嫁さんも、孫もとなると

泊まれるスペースがありません。

 

今回、ホテルに泊まってもらい

夕食を一緒に取ることが多かったぐらいなのに

それでも、楽しいけれど疲れました^^;

 

ふっと、亡くなった実家の母を思い出しました。

 

田舎といえども、3家族ぐらいが同じ時期に

帰郷したりして、本当に大変だったなと

あらためて、母の凄さを考えました。

 

時には客間だけではなく

茶の間にも布団を敷いて

寝た思い出があります。

 

十数人が集まると、お風呂に入るのも大変です。

バスタオルを洗うだけでも、ぞっとしますね。

 

母は、朝、昼、晩の3食を手配し、全員に食べさせました。

もちろん1回ぐらい昼は出前、夕食は外食などもありましたが

お正月の時には、母の手料理が何日も続きます。

 

今更ながら、凄いなぁと尊敬の念が湧いてきます。

 

特にお正月には、実家の台所に大量の食料が積んでありました。

みかん3箱、飲み物の山々、大量のお餅、大量のすき焼き用のお肉

2台の冷蔵庫にいっぱいの食料とアイスクリームなどなど。

 

最初は、びっくりしたけれど

母いわく、すぐに無くなるよと

笑っていました。

 

3日もたてば、母のいうとおりに

ほとんどの食料が姿を消します。

また、補充しないといけないくらいです。

 

そんな母が入院してからは

実家でお正月を過ごすことも

無くなりました。

 

今、思うのは、本当にありがたかったなあという事。

母は文句を言うどころか、毎回楽しみに待ってくれていました。

でも私達が東京に帰ると、3日ぐらい寝込むらしい。

 

私も息子夫婦が帰ると、ホッとして

1日ダラダラと休みました。

どう転んでも、母のようには出来ないと思い知りました。

 

友達いわく、昔の人達の様に体力がないから

無理よと言われました。

体力のせいなのか、怠け者なのか(笑)

 

母に感謝するばかりです!

 

来年は、コロナが終息して

13回忌が出来ますように(^^♪